今回のトピックス |
---|
江戸時代の治安関係、消防関係にも関心があるので、延岡藩の資料から、前回の火付盗賊改や 今回の辻番を調べている。 江戸の町の治安は、武家方は「辻番所」であり、町方は「自身番」が担っていた。 その中で、延岡藩の上屋敷の隣にある「三年坂」の辻番を、延岡藩は近所の大名家と組合で担当しているが、 実際は、民間の請負業者に丸投げしているようだ。 延岡藩の対処法と、辻番や自身番についても言及したい。 (2014年11月25日) |
図1)自身番と木戸 | 図2)熈代勝覧に描かれている自身番と木戸 |
図6)霞が関坂の辻番所(中央坂の右奥の赤い家) | 図7)会津藩(松平肥後守)の中屋敷前の辻番所(赤い家) |
これまでは、組合辻番はどれも請負に任せ放しで、臨時に雇用した人間を置いており、有名無実になっていた。 今後は、そのようなことはやめ、実務に専心し、ごまかしをしないように。 |
このレポートへの御意見をお聞かせ下さい。
|